私は次のような作品を落としました。
 1 既視感のあるもの
 2 延々と説明が続き、ストーリーが進まないもの
 3 主人公に感情移入できないもの
 4 人間関係が解りにくいもの

 上の基準に照らしたとき、○○さんの作品は1〜3までは合格です。
 問題は4の「人間関係が解りにくい」。
 いえ、登場人物は多くないですから、人間関係が複雑で解りにくいわけではありません。しかし「主人公」「瑠璃」「ナオミ」の関係に初めて触れるのが、原稿用紙で10枚目というのは遅すぎます。


【書き出しで惹きつける】

 一番簡単なのは、主人公が窮地に追い込まれているか、何らかのアクションを起こしていること。とにかく物語が動いている限り人は読み続けます。
 この作品では「ブランケットからトロンとした目で話しかける瑠璃」が効いています。しかし主人公に関しては、クーラーの温度にも気を配るなど「いい人らしい」という印象しかありません。
 果たしてこの男は何者か? 年齢はどのくらいか? 
 「おっさん」という言葉以外に想像する手がかりがないため、読者(審査員)は主人公の姿を思い描けないまま1/3まで読み進むことになります。これは不利です。
 ここで前項の「人間関係を早い段階で解らせる」と絡めて考えてみましょう。
 早い段階で読者に解らせるためとはいえ、冒頭から登場人物の説明が続くのは最悪です。しかし物語を動かしながら説明してしまう方法はあります。
 たとえば、ベッドから半身を起こして服に手を伸ばした瑠璃を、主人公がベッドに押し倒す場面から始めたらどうなるでしょう。
 きっと今以上に衝撃的な書き出しになると思います。
 仮にこの場面だけで人間関係を説明するならこんな書き方があります。
 

「やだっ! 何すんのよ」
「やだもクソも、38度も熱あんだから寝てなきゃダメだ」
「大丈夫! 叔父さんみたいな中年と違って高校三年生はこのくらいじゃへこたれませんから」
瑠璃はトロンとした目のまま口を尖らせた。
「中年って・・・おととしまでは二十代…」
そう言いかけたとき、ガタンと音がしてナオミちゃんがドアから顔だけだした。
「準備、オッケイです」
瑠璃はナオミに訴えかけるように言った。
「ねえ、ナオミからも何とか言ってよ」
「んーー、叔父さんの言う通り、今日一日は寝てた方がいいんじゃない」
「おう、ナオミちゃんは本当に友達思いやな」
「せっかく京都から出てきたのに、なんで寝てなきゃいけないのよ」
「短大入ったら東京なんていつでも来られるって」
瑠璃はフンッと鼻を鳴らしてブランケットにもぐりこんだ。
「さってと、ほな六時ごろには帰るから、薬飲んでちゃんと寝とけよ。それと冷蔵庫のビール」
「飲みません」
 
 上記は極端な例ですが、これだけで「主人公と瑠璃は叔父と姪」「瑠璃とナオミは友達」「高校三年生」「京都から東京に遊びにきた」「来年は短大」「主人公は三十一歳」と、人物説明を入れることが出来ました。
 説明臭さを無くすには、物語を動かすことです。
 その場合、予定調和に会話が進むよりも意見の食い違いがあった方が、物語が動いている印象は強くなります。 


【会話だけで話を進めない】
 7ページから10ページまで続く主人公とナオミの会話は長すぎます。
 どうしても語らせたい場合は、主人公に何らかのアクションをさせた方がいいでしょう。
 その際、単に会話する場所を移動するのではなく、ふたりに何かが起こって(起こして)、会話せざるを得ない状況に追い込むのがコツです。 
 陳腐な例ですが、スケート場で転びそうになった彼女の手を咄嗟に掴んだら手首に無数の傷があった。そのあと自殺未遂の過去を聞き出す。などです。



【人間は嘘をつく動物です】
 自分の思いを正直に話すだけの小説はつまらない。人間は嘘をつくものです。
 騙されたことで幸せになる人もいれば、嘘を見破る人もいる。見破っても騙されたふりをする人もいて、そこに物語が生まれます。
 主人公とナオミの会話でも、主人公の嘘をナオミが見破ったり、ナオミが強がって言った嘘を主人公が感じ取っていたりすれば、小説にぐっと深みが出ます。
 また、小説の中でどちらかが騙されて(セリフを額面通り受け取って)いても、その真意が読者に伝われば、読者の優越感を誘って面白い小説になります。
 話は古くなりますが、近松門左衛門の心中ものなどは、この技法がとられています。
 遊女に入れあげて身代を潰しそうになっている若旦那に遊女が愛想づかしをする場面。若旦那は遊女の言葉に絶望しますが、芝居の観客は、遊女が若旦那の将来を思って「心ならずもの別れ」をしようとしていることを知っていますから、その嘘に涙するのです。
 こうした技法は小説にも使えます。



【説明や伏線がほしいところ】
 先に「ファンダンゴ」と「よろしく哀愁」について「まるでテレパシーが通じたよう」と書きました。これは私と○○さんが同世代で、しかも私がファンダンゴを見ていたために連想が働いたものです。
 分かる人には分かる・・・これはハマったときにはいいのですが、通じない人が殆どになってしまっては逆効果です。
*101ページ後半《原文》
「このあいだ、『ファンダンゴ』という映画を見たんだ」
 (中略)
「思い出したんだ。君の知らない大学時代の話。その映画ほど劇的じゃなかったけど、吉岡らと車で走った。
 これが、たとえば「ローマの休日」とか「崖の上のポニョ」のように誰もが知っている映画ならいいのですが、ファンダンゴは万人に知られているわけではないので、一言二言映画のキモを書き加えた方がいいでしょう。
《修正例》
「このあいだ、『ファンダンゴ』という映画を見たんだ」
 (中略)
「思い出したんだ。ファンダンゴみたいな…青春との決別の旅。君の知らない大学時代の話。映画ほど劇的じゃなかったけど、吉岡らと車で走った。

*43ページ6行目《原文》
「『よろしく哀愁』 か?」ぼくは笑いながらグラスのビールを一気に飲み干した。
 私の見落としでなければ、これ以前に『よろしく哀愁』という言葉は出ていないと思います。したがって、「『よろしく哀愁』 か?」とあっても読者には通じません。
 もしここで「よろしく哀愁」を出すのなら、それ以前にどこかで「よろしく哀愁みたいだな」とか、「会えない時間が愛育てるのさ、って。よろしく哀愁みたいだな」というような伏線がほしいです。
*112ページ 20行目《原文》
「わたしやっと、……裕由貴を見つけた」
 (中略)
「願ってた、……ぼくは詩史を願ってた」
 これは「大石君」が「裕由貴」に、「君」が「詩史」に変わった感動的な瞬間ですね。これの伏線は13ページの「だから、いつのまにか、あなたを名前で呼んでるかもしれない」と17ページの「それと君は、まだぼくを名前で呼んだことがない」だと思います。
 主人公に関しては、友人たちとの会話で「ヒロ」がつくことは判りますが、「君」の名前はまったく判っていません。
 そして最後に「裕由貴」と「詩史」が出てくるわけですが、この瞬間、これが二人の名前だとピンとくる人は少ないでしょう。それは、二人の名前が事前に一度も出てこないからです。
 ○○さんはもしかしたら、事前に出してしまうとラストの興が削がれると考えているかもしれません。でもラストで「ついに名前で呼んだ」と読者に分からせるためには、伏線として一度出しておく必要があります。
 一番いいタイミングは、17ページの「それと君は、まだぼくを名前で呼んだことがない」の後です。たとえばこんなふうに。
それと君は、まだぼくを名前で呼んだことがない。
裕由貴と。
ぼくも君を名前で呼んだことがない。
詩史と。
ここで一旦、読者に名前を印象づけておけば最後が生きるはずです。 


【既出の話は省略する】
 既に書いたことを会話として誰かに話す場合、既出部分は省略した方がスマートです
*102ページ16行目《原文》
「どうしてるの?……みんな」
「ああ、藤井は東京の出版社に転職した。ときどきあいつの彼女と三人で飲んでる。
吉岡はメーカーの営業だ。(中略) 車椅子は卒業したらしい。……強い奴」
「そんなこと、……それでも、そうとにかく……よかったね」
《修正例》        
「どうしてるの?……みんな」
僕は藤井や吉岡の近況を話した。黒川が車椅子を卒業したことも。
「そんなこと、……それでも、そうとにかく……よかったね」
 
 コンクールの規定に合わせるために枚数を減らすときは、ストーリー進行上特に必要のない会話も削ってみてください。
 この作品ですと、63ページ後半のコンサート後の会話は削ってもいいと思います。


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